第一章 〜少女の夢 (収穫祭)〜

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《1−1》

<ルナの章>

 私は鏡を見ながら、唇に紅をのせた。
 白粉を塗り口紅を付けるだけで、いつもよりずっと大人っぽく見えた。満足して、クルリと回転してみる。身に纏ったスカートが空気をはらんでフワリと揺れる。う〜ん、完璧! いい女♪
 今日は秋の収穫祭。皆で火を囲んで踊って騒ぐ日。そして、真夜中は若者達の時間帯なの。私の狙いは、その真夜中!
 今年は、有名な旅の一座が来るんだって。特別に踊りを披露してくれるの。すっごく楽しみ♪ 
 私は今年でもう十三だよ。お義父さんは
「まだ子供だ」
 って言うけど、十分大人だと思う。
 村の女性の多くが十六で結婚している。中には十五で結婚する娘だっている。なかなか子供が出来なかったという亡き母さんですら私を生んだのは十八になる前。自由で居られる時間は後たった三年間しかないの。
 私は小さい時から踊ることが大好きだった。五歳の時、初めて街のダンサー達を見たの。華麗に舞う彼等の美しさが脳裏に焼きつき、心を囚われてしまった。思い出して曲を口ずさみながら我流で踊るうちに、音楽が流れると自然に体がリズムを刻めるようになった。私もダンサーになりたい。でも村の人たちは皆
「土地も持てない、身分の卑しい者の仕事だ」
 って蔑んで言う。そんなの偏見だよね? 街に出れば、立派な職業として認められているはずだよ。だってあんなに素敵なんだもの。

 真夜中、家族が寝静まったのを確認して、私はこっそり家を抜け出した。去年までと違い、お義父さんが止めに来ないみたい。今年は許してくれたのかな。ラッキー♪
 外に出るとすぐ、村の広場に向かって駆け出す。納屋の前を通り過ぎようとした時に、横から姿を現した人物にグイッと腕を引かれて行く手を阻まれ、よろけてしまった。
「おいルナ、待てよ。どこ行くんだよ」
 そこに居たのは、この村一番の苛めっ子アルベルト。小さい時から、 「髪や目の色が変だ」 と散々からかってきた大嫌いな奴だ。今日は珍しくゾロゾロ後ろに続いている子分達はいないみたい。
「離してよ!」
 私は腕を払って睨み付けた。
「アルベルト、あんたこそ何でこんな所にいるの」
 すると心の中まで覗きこむようにジッと見つめ返されて、思わず怯んでしまった。
「そりゃ、ルナを待っていたに決まってるだろ?」
「何で、あんたが、私を待ってるのよ」
「何でって……。今夜は収穫祭じゃねぇか。恋人同士で過ごす日だろ?」
「は?」
 冗談じゃない。私は、苛めっ子を恋人にする趣味は無い。目には目を、歯には歯を。苛めっ子には回し蹴りで仕返しだー!
 私は飛び上がると、一気に蹴りつけた。足腰は踊りで毎日鍛えているんだから。男の子にだって簡単には引けを取らない。
 しかし敵もさるもの。同じ村で育っただけあって、私の攻撃パターンは読んでいたらしい。避けるどころか、逆に、ガシッと私の右足を捕まえてきた。
「こら、アルベルト、離せ!」
「ほんっと、お前ってじゃじゃ馬だよな」
 ニヤニヤ笑って余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)って感じで言われて、腸が煮えくり返った。くそ〜! さすが十六才。男でしかも三才の年齢差は大きかった。
「諦めなって。もう正式にお前のうちに結婚を申し込んでOKを貰ってるんだぜ? ルナが十五才になったら、いや条件さえ整えば十四才で式を挙げようって話も出てるんだ」
 この村の人は 『普通であること』 が好きだ。だから私とアルベルトの結婚を彼の両親が許可したとは到底思えない。でもアルベルトは村長の四男坊。もしもの時、権力者の息子に、うちの家族が逆らえるはずもない。いや、逆に喜びそう。いざとなったら礼拝所に駆け込んで、修道女になってやる。
「あんた、散々私のことからかってきたじゃない。何で嫁に欲しがるのよ!」
「気になる子は、からかいたくなるもんだろ? 歌を口ずさんで踊っているお前の姿は最高に綺麗だし……ぐえっ」
 自分の話に夢中のアルベルトに向かって、反対の左足で股を蹴り上げた。まさか、捕まれた不安定な体勢から攻撃してくるとは思わなかったみたい。片足クルクル回転で鍛えている私のバランス感覚をなめてもらっては困る。悶絶して、苦しむアルベルトに
「油断大敵よ」
 言い捨てて、その場を去った。しかし
「くっくっくっ」
 笑い声が聞こえて、思わず足を止めた。年齢不詳の男性が、家の壁に寄りかかりながら肩を揺らしていた。
「あんた誰?」
 眉を潜めて問いただすと、その男は笑いを含んだ目でこちらを見た。そして私に向かって、まるで深層の令嬢に対面した時のように腰と膝を折り、お辞儀をしてみせた。
「これは失礼。勇敢な神子のお嬢さん。今回来訪している旅芸人の長チチと申します。以後お見知りおきを」
 ああ、旅芸人かぁ。でも村の誰よりも体格も良く、堂々としていてかっこ良かった。
「神子?」
 私はまだ、修道女になっていないんだけど。
「おや? この村では、そう呼ばないのかな? 我々は、神に愛された子供たちを、神子と呼んでいるんだよ。愛しすぎた者を手放すことを惜しみ、神は、産まれる前にその子の体の一部を隠してしまうのさ。君は"色"を持っていかれてしまったようだね?」
 ドキッとして、慌てて自分の髪を押さえた。夜でも、銀色の私の髪は月の光を反射して輝き、目立ってしまう。でも。神に愛された子供? そんなこと初めて言われた……
「足りない小道具を探していたところなんだが、面白いものを見せてもらった。間もなく開演時間だ。お嬢さん、時間があったら是非、我々の舞台を見て欲しいな」
 そう言うと、その人は颯爽と去っていく。私は慌てて後を追った。
 神子……
 私は生まれて初めて、何か自分が素敵な存在に思えて、少しだけ嬉しかった。


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